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2016/02/25

トリコロール/赤の愛


  • 1994年フランス映画
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
  • 撮影:ピョートル・ソボチンスキー
  • 主演:イレーヌ・ジャコブ/ジャン=ルイ・トライティニャン


 僕が見たときは、他の観客の人も笑っていました。やっぱりあの人が一番笑いを取っていました。

 「白の愛」は、いま一つだったので、どうかなと思って見に行ったのですが、本当にいい映画でした。最初から最後まで引き込まれました。心が暖かくなる映画です。

 思い付くままに挙げると、本の表紙、自動車、広告写真の背景、血に汚れた指先、犬の繋ぎ紐、等でしょうか。あ、もちろん、イレーヌ・ジャコブのTシャツもありますね。それにボーリング場のシーンもあるし。自然な感じで、画面に配置されている所に、クシシュトフ・キェシロフスキ監督のセンスを感じました。

 キェシロフスキは、やっぱりイメージが鮮烈です。ボーリング場の割れたグラス。石によって破壊される窓ガラス。握りつぶされるプラスチックのコップ。破壊されるガラスというイメージは、キェシロフスキ監督にとって、とても大切なイメージのようです。そう言えば、ジャン=ルイ・トランティニャンが「真実」を知るのは鏡によってでしたが、その「真実」を映し出した鏡にも、「真実」を映し出したそのことによって破壊のイメージが伴います。

 あと、光り。建物に差し込んで、すぐに建物の影に隠れる太陽。山の際から差し込んですぐに山の後ろに隠れる太陽。それらのイメージは、点いたと思ったらすぐに消えてしまうランプの伏線になっています。上手いなあと思いました。伏線と言えば、風もそうですね。トランティニャンの庭の木立の枯れ葉を揺らす風は、後半の嵐の伏線になっています。一つ一つのイメージが関連し合いながら、映画は進んでいきます。これは、気持のいいリズムを生んでいました。

 イレーヌ・ジャコブももちろん素敵でしたが、ぼくは、トランティニャンが印象に残りました。ジャコブから、「いっそ、息でも止めたら。」と言われる虚無的な彼ですが、その奥には深い優しさが感じられて感動しました。

 最後に、彼の分身とも言うべき若い法学生は、ジャコブと出会います。その時、彼は人を愛する力を取り戻します。
 僕は、「男と女」でパリの駅で愛を取り戻す彼が、オーバーラップして見えました。

1994/11/14

デカローグ 第9話、第10話


  • 1988年ポーランドTVドラマ
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキイ
  • 主演(第9話):Ewa Błaszczyk, Piotr Machalica, Jan Jankowski
  • 主演(第10話):Jerzy Stuhr, Zbigniew Zamachowski

第9話『ある孤独に関する物語』


 ブルーが印象的な作品。アパートのロビーから捉えられたブルーの光に包まれた空間を雨が降り続ける。その雨の中に立ち尽くすロメク。カメラの焦点がロビーの外からロビーのガラス戸に移るとロメクの妻の影が浮かび上がる。

 ロメクが妻の電話を盗聴するために電話に付ける青いコンデンサー。
 妻が密会に使っているアパートの合鍵を作る金属工作機の暗く青い輝き。

 妻の不貞を知ったロメクと妻が、浴室の鏡に映っている。妻のブルーの夜着。壁にかかった青いバスタオル。

 ロメクの女性患者の美しく悲しい歌声。ブルーは悲しみの色。地面にひしゃげて横たわる青い自転車。車輪が少し回転してから止まる。

第10話『ある希望に関する物語』


 2人の兄弟は父親の情熱を理解できなかった。その父親の死をきっかけにして、2人は父親の情熱を理解し、父親の情熱を受け継ぐ。
 2人がテーブルに並べるそれぞれが郵便局で買った記念切手。それらの切手は魂が親から子へと受け継がれ、そのことによって永遠性を得ていることを象徴しているかのようだった。

 第10話ではあの男は登場しない。それは第10話が外面的には悲劇であるけれど内面的には救いだからだろう。父親は2人の息子たちの魂の中で甦っている。あの男の悲しい視線はもはや必要でない。

1996/02/17

デカローグ 第7話、第8話


  • 1988年ポーランドTVドラマ
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
  • 主演(第7話):Anna Polony, Maja Barełkowska, Katarzyna Piwowarczyk
  • 主演(第8話):Teresa Marczewska, Maria Kościałkowska

第7話『ある告白に関する物語』


 エヴァの最後の言葉。「マイカ、私の娘」。その言葉にこの作品の全てがあると感じました。
 エヴァは教育者。当然娘のマイカにも高い要求を要求し、厳しく接する。マイカは優しさを求めながらも、なんとかエヴァの期待に応えようとする。しかしある出来事によって2人の関係は決定的に壊れてしまう。エヴァはマイカの生んだ娘に愛を注ぐ。エヴァは娘を残しマイカがいなくなってしまうことさえ望む。マイカは娘をエヴァから奪い返そうとする。
 そして最後の場面。マイカの娘を抱き上げ嬉しそうに笑うエヴァ。マイカとエヴァの視線が会う。エヴァの顔から笑いが消える。マイカはエヴァの愛情を二度と取り戻せないことを悟り、汽車に飛び乗る。永遠に去っていくマイカを見ながら、心の底ではマイカを愛している自分に気付くエヴァ。「マイカ、私の娘」。マイカの娘を下に下ろし呆然と駅のプラット・ホームに立ち尽くすエヴァ。走り去る汽車。
 母娘の切なく苦い愛情が心に残ります。

第8話『ある過去に関する物語』


 感想ではなく、心の中に沈んでいったイメージを書いてみたいと思います。

 ワルシャワの凍るように冷えた夜。雪が音もなく降っている。

 ナチの兵士たちに外に連れだされるユダヤ人の子供。子供は頭を壁にぶつけられる。飛び散る脳漿。子供を匿った家族は壁の前に並ばされる。銃を構える兵士たち。銃声。兵士たちは見せしめのために死体をそのままに残す。

 雪は降り続け、死体をすっかり覆ってしまう。白の世界が残る。

1996/02/13

2016/02/24

デカローグ 第5話、第6話


  • 1988年ポーランドTVドラマ
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
  • 主演(第5話):Mirosław Baka, Jan Tesarz, Krzysztof Globisz
  • 主演(第6話): Olaf Lubaszenko, Grażyna Szapołowska

第5話『ある殺人に関する物語』


 第5話のテーマは、ガラス。鏡に映ったイメージやウィンドウ越しのイメージが多用される。それは画面のくすんだ色調と相俟って主人公の世界にじかに向かい合えない「壊れた」心を象徴しているようでした。そして最後には自動車の窓に反射した陽光。それは草叢の中で燦然と輝き救いの光りに見えるのに、その背後では主人公の弁護士が血を吐くように苦悩を呟いているのでした。
 殺す者と、殺される者。殺されるタクシーの運転手が不気味だ。フロントガラスに吊るされた首だけの人形。そのフロントガラスを洗車の水が流れるのが車内から撮影される。身震いするほど恐ろしいシーンでした。運転手はねっとりと意地悪いかと思えば、同時に繊細で優しい。寒さの中で急用で待っている客を無視する一方、腹を空かせた野良犬には、自分の食べ物を与える。こういう人間が一番恐ろしい。殺される者も「壊れた」人間です。「壊れた」人間が「壊れた」人間を殺す。そのとき土手の上を自転車がのんびりと走っていく。運転手は首を締められながら、靴と靴下を脱ぐ。運転手の不格好な裸の足。死は即物的に描かれ、それだけ衝撃的です。
 そして、死刑執行官。自動車の整備でもするように絞首刑の道具の整備をする。彼の頭にあるのは刑を滞りなく能率的に執行することだけだ。彼もまた「壊れた」人間なのかもしれない。彼は死を即物的に扱う。だからこそ、主人公の絶望が痛いほど伝わってくる。
 「殺人」は「殺人」を抑止できるか。「セブン」の犯人はできると信じましたが、この映画は人間の持つ「業」の深さを鮮やかに描き、できないと答えるのでした。

第6話『ある愛に関する物語』


 第6話のテーマは望遠鏡。見る道具。そしてこれは盗まれたものだ。青年は女にあなたを覗いていると言う。それは青年にとってあなたを愛していると言うのと同じ意味だ。女はなにが望みなのと聞く。青年はなにもと答える。青年の愛は純粋なのだ。その純粋な愛を支えているのが、盗まれた望遠鏡なのだ。学校にあった望遠鏡。青年は体育館の窓を壊して侵入する。床に落ちて砕け青い小片となって飛び散る窓ガラス。はっとする美しさがありました。盗まれたものであることによって、望遠鏡は聖なるものになる。青年の思いは望遠鏡によって純化される。青年は純粋に見る存在になって女を愛する。青年の愛は肉体的なものから限りなく離れたところで成り立っている。だから女が愛とはセックスに過ぎないと言ったとき、絶望して自殺するのです。女は「覗き」が青年の純粋な愛に他ならないことに気付き始めます。女のところにかかる無言の電話。女はあなたの方が正しいわと答えるのでした。
 最後の場面。もう覗かないと言う青年。戸惑ったように微笑む女。青年はもう女を愛していないのだろうか。それとも現実的な愛に気付いたのだろうか。答えは観客に委ねられてドラマは終わります。

1996/02/06

デカローグ 第3話、第4話


  • 1988年ポーランドTVドラマ
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
  • 主演(第3話):Daniel Olbrychski, Maria Pakulnis, Joanna Szczepowska
  • 主演(第4話):Adrianna Biedrzyńska, Janusz Gajos, Adam Hanuszkiewicz

 「セブン」にしようか、「デカローグ」にしようかと迷って、朝起きたときの気分で「デカローグ」にして観てきました。七つの大罪、十戒とどちらもキリスト教に関係があるなあと思って第3話を観ていたら、第3話はある意味では「セブン」よりも恐い話でした。

第3話『あるクリスマスイヴに関する物語』


 第3話のテーマ色は赤。車内を占領する赤い光。雪に覆われた広場に置かれる赤い車。その車の中に入れられる赤のマフラー。顔の半分を赤い血で染めた男。この男の死を喜ぶ男もいるわ。それはこの男を憎んでいる人間よ。助手席の女はハンドルに手をかけ、車を赤い光に包まれた木に衝突させる。雪でしっとりと濡れた街中の夜道を疾走する車。追跡するパトカーの赤い光。

 クリスマス・イブに女の失踪した夫を探す男と女。観客は女が嘘を吐いていることを知っている。なぜ?なぜこの狂気がその影を時々落とす女は嘘を吐くのか?男と女の手に当てられるカミソリの鋭い刃。酔漢を丸裸にして冷水を浴びせるサディスト。あなたと夫が死ぬことを夢見たわ。あなたはトラックに撥ねられ舌を飛び出させて死んでいる。一気に高まる緊張感。

 がらんとした駅の構内。中央には大きなクリスマス・ツリー。駅の時計が朝の7時を示す。大どんでん返し。

 このドラマは優しく終わるのでした。

第4話『ある父と娘に関する物語』


 第4話のテーマ色は白。娘は白いコートに身を包んで、森を抜けて川側に腰を下ろす。川では男が白いボートを白いオールで漕いでいる。娘の左耳には白銀色のイヤリング。娘は禁断の扉を開ける鍵となる茶色の手紙を持っている。娘が封を開くと白の封筒が出てくる。
 エレクトラ・コンプレックスをテーマにした作品ですが、清純さがあるのは白という色故でしょう。この作品における白は、同じくエレクトラ・コンプレックスをテーマにした小津安二郎の「晩春」のラスト・シーンの鎌倉由比ヶ浜の爽やかな海を思い浮かべさせます。

 至福の時を過ごす父娘。しかし、2人はどうしようもない真実に気付く。あるいは立ち向かわざるを得ない。その時の2人の切なさに心を打たれます。
 2人は父娘に戻るのか、それとも男と女になるのか。決断は観客に投げられてドラマは終わります。

1996/01/30

デカローグ 第1話、第2話


  • 1988年ポーランドTVドラマ
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
  • 主演(第1話):Henryk Baranowski, Wojciech Klata, Maja Komorowska
  • 主演(第2話):Krystyna Janda, Aleksander Bardini, Olgierd Łukaszewicz

 'Decalogue'を辞書で引くと、'the Ten Commandments'と書いてありました。'Commandment'をさらに引くと、'any of the ten laws given by God to Moses'とありました。だからデカローグはモーゼの十戒のことです。

 クシシュトフ・キェシロフスキ監督の「デカローグ」は全部で10本の作品から構成されます。今日は第1話と第2話と観てきました。第1話「ある運命に関する物語」について書いてみたいと思います。

第1話『ある運命に関する物語』


 半分凍り付いたモノトーンの川の映像から始まり、子供を映しだす白黒のテレビの光を反射させたブラウン管の映像で終わります。終始テンションの高い映像が続き、作品に緊張感のある美しさを与えていました。キェシロフスキは映像美の人だなあと改めて思いました。印象的に使われたのはブルーでした。ブルーは凍った血の象徴だと感じました。雪に身体を覆われて冷えた犬の死体は、最後の凍り付いた小さな命の予告であり、またすべての命が持っている運命の象徴でもあるでしょう。無神論者である少年の父親は、その運命を前にしてブルーの光を受けた教会に入り、聖壇を壊すのでした。聖母マリアの絵は血の涙を流します。この世のものは測れる、すなわち数字で表現できることに気付いたときから合理主義者になり神を信じなくなった父親は、最後に苛酷な運命の中で神を見るのでしょうか。

 アパートを真下から捉えたダイナミックな映像はアパートの窓の外に止まった鳩の映像に変わり、窓の中の少年の映像になります。鳩を見つめる少年はいかにも優しく繊細です。少年はコンピュータが得意で、かわいい女の子にはやあと声をかけ、雪に埋もれた冷えた犬の死骸は優しく撫でます。少年は繊細に生き生きと世界と関わっています。この作品のクライマックスはそんな少年と科学的思考をして神を信じない父親との死を巡っての会話でしょう。父親はあくまでも即物的に死について語りますが、最後に少年は死んだ犬のことを語り、あの犬は死んで幸せだったんだよねと言うのです。

第2話『ある選択に関する物語』


1996/01/20