2016/02/24

デカローグ 第5話、第6話


  • 1988年ポーランドTVドラマ
  • 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
  • 主演(第5話):Mirosław Baka, Jan Tesarz, Krzysztof Globisz
  • 主演(第6話): Olaf Lubaszenko, Grażyna Szapołowska

第5話『ある殺人に関する物語』


 第5話のテーマは、ガラス。鏡に映ったイメージやウィンドウ越しのイメージが多用される。それは画面のくすんだ色調と相俟って主人公の世界にじかに向かい合えない「壊れた」心を象徴しているようでした。そして最後には自動車の窓に反射した陽光。それは草叢の中で燦然と輝き救いの光りに見えるのに、その背後では主人公の弁護士が血を吐くように苦悩を呟いているのでした。
 殺す者と、殺される者。殺されるタクシーの運転手が不気味だ。フロントガラスに吊るされた首だけの人形。そのフロントガラスを洗車の水が流れるのが車内から撮影される。身震いするほど恐ろしいシーンでした。運転手はねっとりと意地悪いかと思えば、同時に繊細で優しい。寒さの中で急用で待っている客を無視する一方、腹を空かせた野良犬には、自分の食べ物を与える。こういう人間が一番恐ろしい。殺される者も「壊れた」人間です。「壊れた」人間が「壊れた」人間を殺す。そのとき土手の上を自転車がのんびりと走っていく。運転手は首を締められながら、靴と靴下を脱ぐ。運転手の不格好な裸の足。死は即物的に描かれ、それだけ衝撃的です。
 そして、死刑執行官。自動車の整備でもするように絞首刑の道具の整備をする。彼の頭にあるのは刑を滞りなく能率的に執行することだけだ。彼もまた「壊れた」人間なのかもしれない。彼は死を即物的に扱う。だからこそ、主人公の絶望が痛いほど伝わってくる。
 「殺人」は「殺人」を抑止できるか。「セブン」の犯人はできると信じましたが、この映画は人間の持つ「業」の深さを鮮やかに描き、できないと答えるのでした。

第6話『ある愛に関する物語』


 第6話のテーマは望遠鏡。見る道具。そしてこれは盗まれたものだ。青年は女にあなたを覗いていると言う。それは青年にとってあなたを愛していると言うのと同じ意味だ。女はなにが望みなのと聞く。青年はなにもと答える。青年の愛は純粋なのだ。その純粋な愛を支えているのが、盗まれた望遠鏡なのだ。学校にあった望遠鏡。青年は体育館の窓を壊して侵入する。床に落ちて砕け青い小片となって飛び散る窓ガラス。はっとする美しさがありました。盗まれたものであることによって、望遠鏡は聖なるものになる。青年の思いは望遠鏡によって純化される。青年は純粋に見る存在になって女を愛する。青年の愛は肉体的なものから限りなく離れたところで成り立っている。だから女が愛とはセックスに過ぎないと言ったとき、絶望して自殺するのです。女は「覗き」が青年の純粋な愛に他ならないことに気付き始めます。女のところにかかる無言の電話。女はあなたの方が正しいわと答えるのでした。
 最後の場面。もう覗かないと言う青年。戸惑ったように微笑む女。青年はもう女を愛していないのだろうか。それとも現実的な愛に気付いたのだろうか。答えは観客に委ねられてドラマは終わります。

1996/02/06