2016/03/02

愛さずにいられない


  • 1989年フランス映画 2/11シネ・ヴィヴァン・六本木
  • 監督/脚本:エリック・ロシャン
  • 撮影:ピエール・ノヴィオン
  • 主演:イポリット・ジラルド/ミレイユ・ペリエ/イヴァン・アタル


 パリのビルの高い壁を真正面に見上げた映像から始まる。音楽はビートを強調したロック系の音楽。タフなイメージ。原題"UN MONDE SANS PITIE"(情け容赦のない世の中)に相応しい。

 カメラはティルト・ダウンし路面の高さを捉える。カメラは主人公の青年イッポを追う。そのシーンにイッポの声が被さる。「明るい未来は仕事での成功か?」。イッポは社会に対して否と言う人間だ。しかしイッポは硬直した反抗者ではない。美しい女性とすれ違えば情熱的に見つめてみせる。イッポは軽やかでしなやかな反抗者だ。

 イッポはヒロイックな反抗者でもない。イッポは静かにデモの映像をTVで見つめるだけだ。この映画に背景には失業者が溢れるパリの現実があるが、イッポが反抗するのはそんな社会の現実に対してではない。イッポが反抗するのは仕事に就き結婚し家庭を持つのが人生だという世の中の仕組みと考え方に対してだ。だからイッポは仕事を探さない。

 そんなイッポは恋人から寄生虫と罵られ、父親からは負け犬と言われる。
 父親から負け犬と言われ両親のアパートを去るイッポの肩を落とした後ろ姿。坂道を上るイッポとローラー・ボートに乗って坂道を下る子供たちがすれ違う。ブルーが支配する映像の中でローラー・ボートの音が切なく響く。

 イッポが大切にするのは好きな人に会いたい、好きな人の側にいたいという思いだけだ。イッポは恋人から将来のことは考えないの?結婚は?そのための仕事は?と詰め寄られる。イッポはけっしてそんなことは考えない。イッポはそんなことを考え始めた途端「思い」が輝きを失うことを知っている。日常の中に埋もれてしまうことを知っている。だからイッポは恋人に君の側にいたいと答えるだけだ。恋人はイッポを寄生虫と罵る。

 「俺は正しい。間違っていないぞ。寄生虫かもしれないが、俺は正しいはずだ」

 イッポは正しい。結婚仕事家庭それ以外の道を考えることのできない人たちはそれらに捕らわれけっきょく自分の気持ちを見失ってしまう。好きな人の側にいたいという一番正直な気持ちを見失ってしまう。イッポが反抗するのは自分の正直な気持ちを見失わせてしまう世の中に対してだ。イッポが願うのは自分に正直に生きたいということなのだ。

 なんと甘いとイッポを切り捨てるのは簡単だ。
 でも、イッポのような人間を掬い出し僕たちに提示し僕たちを立ち止まらせる、それこそが映画だと僕は思う。

 ラスト・シーン、イッポは再び出発点に戻される。しかしイッポの罵りの言葉の背後には無気力に取って代わった戦う意志がある。

 イッポは僕たちに生きる力を与えてくれる。

1997/02/11