2016/03/02

修道女


  • 1966年フランス映画
  • 監督/脚色:ジャック・リヴェット
  • 撮影:Alain Levent
  • 主演:アンナ・カリーナ


 原作はドニ・ディドロ。十八世紀の啓蒙思想家で旧制度と教会攻撃の急先鋒。この映画自体も公開直後「教会に対する冒涜」という理由で上映禁止になっています。

 だから僕はこの映画を封建的旧制度に反抗する自由を求める魂の映画だと思っていました。でもこの映画はある意味では恋についての映画なのでした。

 主演はアンナ・カリーナ。リヴェットの最新作「パリでかくれんぼ」にも出演していましたね。「勝手にしやがれ」の出演を拒否。ゴダールと結婚。と挙げただけでもこの人のことが分かるのではないでしょうか。

 修道院。画面の手前で小さな穏やかな声で祈る修道院長。画面の奥から音もなくアンナ・カリーナ演じるシュザンヌが現れ、背後から修道院長に近付く。
 このシーンは映画館の暗闇の中で観ることのできる最も美しいものでしょう。そこには美とモラルという主題が見事に映像化していました。

 このシュザンヌが最初に出会う人間味のある敬虔なキリスト教徒である修道院長はシュザンヌに心を乱され、いままで聞こえていた神の声が聞こえなくなってしまいます。つまり修道院長はシュザンヌに恋してしまうのです。修道院長のシュザンヌに対する想いは微妙で優しく恋という言葉が粗野に思えてしまうほどです。
 朝。ベットに眠るシュザンヌ。ベットの側に腰掛け、シュザンヌを見つめる修道院長。シュザンヌの顔の美しさに思わず手を触れようとする修道院長。
 修道院長が森の中でシュザンヌに「あなたが側にいると心が乱れる」と恋の告白をするときの森を騒がす風の音が耳に残ります。心の広い人格者である修道院長は苦しみ故に死んでいきます。

 シュザンヌが出会う三人目の世俗的で享楽的な修道院長でこの話はもう一度語られます。清純さを失うくらいなら死んだ方がましと言い切るシュザンヌは恋するものにとってけっして手の届かない花です。その不可能性故に修道院長のシュザンヌに対する恋は狂気となります。
 修道院の面会室。手前にシュザンヌと牧師。画面の奥から狂気に憑かれた修道院長が現れる。その瞬間は心が凍ります。シュザンヌが去り修道院長は前に進み出て、牧師の前で床にひれ伏す。そして悲痛な声で「地獄に堕ちました」と言うのです。
 この世俗的で享楽的な修道院長もまた苦しみ故に死んでいきます。

 最後のシーン。
 シュザンヌはその言葉通りの運命を辿ります。

 美についてこれほど見事に語った映画を僕は他に知りません。

1996/12/22