2016/03/02

水の中のナイフ


  • 1961年ポーランド映画 7/7ユーロスペース
  • 監督/脚本:ロマン・ポランスキー
  • 撮影:イェジー・リップマン 音楽:コメダ
  • 出演:レオン・ニエンチク/ヨランタ・ウメッカ/ジグムント・マラノウィッチ


 湖に浮かぶヨットという閉ざされた空間。その閉ざされた空間に置かれた三人の人間の間に生じる政治的関係。その政治的関係に深く関ってくるエロス。
 ロマン・ポランスキーの処女長編映画には有名なポランスキー印が既に押されている。

 カメラが印象的だ。手前に大きく青年の顔の一部をクロース・アップのように捉え、その奥に中年の男性とまだ若い女性を配置した映像は三人の関係をそのまま表現している。カメラが青年と中年の男性を同じ大きさで捉えるとき、二人の関係は映像に表れる通りのものとなっっている。三人の間に生じる政治的関係に従って、映像の構図はその都度変わっていく。

 中年の男性と女性との間のエロスは継続的なものだが、激しさは失っている。中年の男性が青年を車に乗せるとき、彼の頭にあったのはエロス的激しさの回復だっただろう。ひとりの女性を巡って若者に対して勝利を収めることができれば、再びエロスは輝きだすだろう。
 中年の男性は彼自身も含めた三人の人間をヨットの中に移動させる。彼はヨットのエキスパートであり、青年は全くの素人だ。彼はヨットの中で船長として絶対的な権力を手に入れて青年を支配する。しかし青年は女性に対してあくまでも礼儀正しい。というか女性に対して性的にはほとんど無関心だ。中年の男性の絶対的権力を変化させていくのは、女性の青年に対する性的関心(好意と言い換えてもいい)だ。女性の青年に対する性的関心の中で中年の男性の絶対的権力は少しずつ力を失っていく。その過程と呼応するように青年は女性に性的関心を見せ始める。青年と女性が歌と詩の暗誦によって、表現を変えるならば音によって性的な繋がりを深めるとき、中年の男性はイヤホンでラジオを聞き、音から自分を閉め出している。このとき中年の男性は自らの敗北を予感していたのだろうか?

 夜明け前、中年の男性は青年の吹く草笛の音で目を覚ます。ヨットの船室の中に妻の姿はない。彼は不貞を確信し、パイプに煙草を詰め、マッチで火をつける。彼は煙草をゆっくり味わってからナイフをポケットに入れ、甲板へと昇る。彼が青年に対して勝利するにはもはや青年を殺すしかない。

 車の中の中年の男性と彼の妻。二人の関係は完全に逆転している。彼の妻は知っているということによって彼を支配する。彼女は彼に罠をしかける。彼は彼女を信じれば徹底的な敗北を認めざるを得なくなり、信じなければ社会的な破滅を招かざるを得なくなる。

 どちらを選択するか岐路に立っている中年の男性を象徴する、朝の空をバックにしたミドル・ショットで捉えられた車の映像はとても美しい。彼の心を伝えるかのように後ろ姿の車からは排気ガスが陽炎を作りながら排出されている。

1998/07/07