- 1997年フランス=ルーマニア映画 3/10銀座テアトル西友
- 監督/脚本/音楽:トニー・ガトリフ
- 撮影:Eric Guichard
- 出演:ロマン・デュリス/ローナ・ハートナー
「ガッジョ」とはロマーニ(ジプシー)語でよそ者の意味だ。
フランス人の青年がロマーニの女性歌手の歌を求めて、ベルギーのロマーニの村で過ごした早春から初夏までを描いたのがこの映画だ。
早春から初夏という誰もが浮かれてしまう季節を背景にして、この映画は幸福感に包まれている。この幸福感はどこから来るのだろうか?
青年がロマーニの女性歌手に拘るのは、父親が愛したのがその歌手の歌だからだ。青年の父親は世界中を旅して、異郷の地で亡くなった。青年もまた父親のように彷徨い、父親が愛した歌を探し求める。青年はロマンチックな旅人なのだ。
その青年が偶然にロマーニの老人に出会う。流浪の民であるロマーニは村を作り定住している。老人は歌を求めて旅に出ようとする青年を引き留める。この映画は不思議な構造を持っている。流浪の民が旅人を定住へと誘う。
でもロマーニはけっして定住することはできない。それはラストに悲劇的な形で示される。ロマーニはロマーニであることによって差別され、どこにも溶け込むことはできない。
ロマーニは、青年が旅にロマンを持っているように、定住にロマンを持っている。二つの全く逆に見えるロマンは本質的には同質のものなのだ。だから二つのロマンは共鳴し合い、幸福なメロディーを聞かせる。
ある一つの社会で「よそ者」である人間は、旅に憧れ、同時に社会に受け入れられ、そこで生きることを憧れる。社会から弾き出された人間は、旅に出ようとし、同時に社会に受け入れられようとする。青年とロマーニは「よそ者」である人間の違った側面をそれぞれに現わしている。
このユーモラスな幸福感に包まれた映画がラストで悲劇へと収斂していくのは、当然なのだ。この映画は「よそ者」についての、社会から弾き出された者たちについての映画なのだから。
でもその悲劇は眠りから覚めたロマーニの女性の笑顔によって救われる。女性の笑顔の向こうに在るのは歌と踊りだ。
女性の笑顔から、青年が求めたロカ・ルカの歌が聞こえてくる。
1999/03/10