2016/03/10

愛の誕生


  • 1993年フランス=スイス映画 5/9シネ・ヴィヴァン・六本木
  • 監督:フィリップ・ガレル 脚本:マルク・ショロデンコ
  • 撮影:ラウル・クタール 音楽:ジョン・ケイル
  • 出演:ルー・カステル/ジャン=ピエール・レオー/ヨハンナ・テル・ステーヘ


 パリの夜の静かな騒めきが心に残る。その騒めきは遠く海の騒めきと繋がりとても優しい。パリの夜が立てる静かで優しい騒めきの中を二人のもう若くない男たちが歩き、恋について語っている。カメラは後退しながら二人を捉る。低く抑えられていた街ノイズが高まる。カメラはパンする。光に溢れている雑貨屋が現れる。男の一人がその店に入り、ゴロワーズを買う。
 始まりのシーンだ。このシーンで人はこの映画に恋するだろう。

 この映画に対してドキュメンタリーあるいはルポルタージュという言葉を使う人たちがいる。そんな人たちは映画的感性がゼロなのだ。アレクサンドル・ソクーロフもまたドキュメンタリーという言葉を使って論じられることの多い映画監督だ。それに対してソクーロフは次のように述べ抗議している。
 私にとってドキュメンタリーという素材は、美学的行為であって、・・・・・、真実を語ったり、確認したりする志向ではない。
 私は一度も真実を志向したことはない。
 「人生の反映」でも、「人生の真実」でもない。
 映画、それはもう一つの人生だ。
この映画もけっして真実を志向してはいない。この映画のやろうとしていることは一つの生を創り出すことなのだ。穏やかな親密さを基本の糸として苛立ちや怒り、不安や死を織り込みながら光と影でできた布を創り出している。その布は静謐な美しさに満ちている。僕たちはその布に身を包みながらパリの夜がたてる音に耳を傾ければいい。

 路上で恋人といる男。男は上を見上げる。あの部屋でジャンは拳銃自殺したんだ。カメラはその部屋に向かない。だだ夜のパリを捉える。

 映画を観終わって家に戻る道で、僕は男が恋人の髪を愛しく撫でるシーンを思い浮かべ僕の長い髪に手をやった。髪は夜の寒さに冷えていた。

※こんなことを解説するのはかなり野暮なのですが、ジャンとは「ママと娼婦」を監督したジャン・ユスターシュのことです。フィリップ・ガレルの親友でしたが、1981年に拳銃自殺しています。

1997/05/09