2016/02/29

いますぐ抱きしめたい


  • 1988年香港映画 12/27ユーロスペース
  • 監督/脚本:ウォン・カーウァイ
  • 撮影:アンドリュー・ラウ 音楽:ダニー・チャン
  • 出演:アンディ・ラウ/ジャッキー・チュン/マギー・チャン


 後頭部を撃たれ仰向けに倒れ目を見開いたまま、最後の痙攣を繰り返すアンディ・ラウの顔のクロース・アップで映画は終わる。

 邦題からは甘いラヴ・ソングが聞こえてくるが、確かにこの映画にはラヴ・ソングがある。しかしそのラヴ・ソングはチンピラの弟分を思う気持ちの中に消えていく。この映画を観終わって心に残るのはラヴ・ソングではなく、アンディ・ラウが演じるチンピラの弟分だ。弟分はジャッキー・チュンが演じている。

 田舎から成功を夢見て都会に出てきたが、なんの技能もない弟分は夢を見るにはチンピラになるしかない。彼には帰る田舎もない。父親は自分とはなんの関係もない人間だ。向こう意気だけは強い彼が都会の中で精一杯胸を張って生きているのを観るとき、切ない思いがする。
 都会とはそのような人間の集まりなのだと改めて気付く。行場を無くした田舎者の根無し草たち。その根無し草たちが歌う歌をウォン・カーウァイは見事に捉えている。

 弟分の敵討ちのためにまっしぐらに敵地に乗り込むアンディ・ラウをコマ落としで捉えた撮影はとりわけ印象的だ。まるで理想を見つめる少年のように敵を見つめるアンディ・ラウの目。その目には根無し草たちの歌う詩がある。その目を心に刻みつければいい。

 マギー・チャンはやっぱりいいなあと思った。スタンリー・クワンの『ロアン・リンユィ』1991で僕はマギー・チャンの演技力に驚き、ファンになったのだが、この映画でも最低限の表情の動きで、登場人物の内面を見事に表現している。
 ほんの僅かな表情の動きで幾百幾千の思いを伝える、それこそが映画的演技だ。

1997/12/27