2016/02/16

無限の青空


  • 1936年アメリカ映画 2/15NFC
  • 監督:ハワード・ホークス 脚本:フランク・ウィード
  • 撮影:アーサー・エディソン 美術:ジョン・ヒューズ
  • 出演:ジェームズ・ギャグニー/パット・オブライエン/ジューン・トラヴィス


 冒頭の激しく流れる雲のイメージがこの映画が向かうところを示している。流れる雲の激しさは危険を象徴もし、その危険に向かう冒険精神も象徴している。激しく流れる雲のイメージは切なさも持っていて、その切なさの中で冒険精神の時代が終わったことを悲しんでいる、と書けばそれはこの映画を観終わった後からの感想だろうと言われそうだが、否定はしない。

 僕が惹かれるのは、パイオニア時代の申し子のようなジェイムズ・ギャグニー演じる天衣無縫なパイロットではなく、空輸会社のオペレーション・マネージャーだ。彼は空輸の世界が開拓時代から管理時代へと移行する中にあって、じっと耐える人間だ。彼は空輸の世界が、個人が中心の世界から組織が中心の世界に変わっていくのを耐えている。耐えながら、個人が中心だった時代を懐かしみ、個人をなんとか組織の中で生かそうとする。その試みはどんなに努力を払ったところで、失敗に終わることを彼は知っているが、彼はそれでも試みる人間だ。その意味で彼は真に男らしい男なのだ。

 その彼も最後には気骨を見せながらも、組織が中心の世界を受け入れる。開拓の時代、個人が中心だった時代は終わったのだ。それを象徴するようにジェイムズ・ギャグニー演じるパイロットは自ら死を選ぶ。彼は開拓時代にしか生きることのできない人間なのだ。
 僕はこのパイロットには弱さを感じる。パイロットの死を目の前にして個人の時代が終わったことを決定的に知った後も、オペレーション・マネージャーである男は生きることを選ぶ。彼は魂を失い、妻の愛も信じられなくなった状態で生きようとするのだ。彼は敗北者だが、それでも彼はけっして戦うことを放棄しない。彼が持っているものこそ、強さと呼ぶべきだろう、僕はそう感じる。

2000/02/15