2016/02/27

本日休診


  • 1952年松竹映画 5/6NFC
  • 監督:澁谷実 脚本:斎藤良輔
  • 撮影:長岡博之 音楽:吉沢博
  • 出演:柳永二郎/淡島千景/佐田啓二


 1952年作の映画。戦争が終わって7年の年月が経っているが、その7年は戦争という苛酷な体験の記憶を消すには余りにも短く、『本日休診』の登場人物たちも戦争体験をそれぞれに抱えながら生きている。

 『本日休診』はユーモアに満ちているが、それぞれの登場人物たちはかなり残酷な生を生きている。
 父親が亡くなっても、弔いの金がなく、そのお金を工面するために身を売る娘。娘の恋人は娘を激しく責めるが、受け入れるしかない。娘は身を売ったとき、死子を身籠もり、倒れてしまう。娘の兄は遊び人で、娘の入院費を払う甲斐性が無い。
 不幸を絵に描いたような娘。娘は戦争直後の日本社会を象徴する存在と言ってもいいが、娘はけっして無残な印象を与えない。それは凛とした雰囲気を持つ淡島千景が娘を演じているせいもあるが、むしろそこに澁谷実の人間賛歌があるからなのだと僕は感じた。

 娘が入院するシーンが心に残る。
 夜、娘はリヤカーで病院に運び込まれる。娘が入院した日から三日雨が降り続く。ベッドに寝ている娘のミドル・ショット。白い壁に窓ガラスを滑り落ちる雨の影が映る。そして日が射す。白い壁一面が明るくなる。娘の顔が驚くほど美しく輝く。

 不幸=悲しみという公式に澁谷実は従わない。娘が入院するシーンには人間は不幸の中でこそその真価を発揮するのだという澁谷実のメッセージが在る。そのメッセージが『本日休診』という映画をとても気持のいいものにしている。

 『本日休診』は不幸な人たちについて語った映画だが、陰惨さからは最も遠い映画になっている。それは澁谷実がこの映画で取っている映画技法にも依るだろう。
 オープニングは走る列車をロングのパンで捉えたショットから始まるが、そのショットに代表されるようにこの映画ではかなりダイナミックなショットが多用されている。それらのダイナミックなショットが作りだすリズムが陰惨さを追い払っている。主人公の老年の医者が走る列車の間に蹲るショットなんてアクション映画にこそ相応しいショットだ。

 『本日休診』は月夜の美しいシーンで終わるが、その月夜を見上げるのは、戦争に狂気を与えられた青年だ。ここでは戦争の苛酷な体験が詩情に昇華されている。娘の入院シーンとこのシーンは共鳴しながら、人間たちを賛歌する。

1999/05/06