2016/02/25

ル・ミリオン


  • 1931年フランス映画 3/17NFC
  • 監督/脚本:ルネ・クレール
  • 撮影:ジョルジュ・ペリナル 音楽:アルマン・ベルナール
  • 出演:アナベラ/ルネ・ルフェーヴル/ルイ・アリベール


 冒頭が素敵だ。
 俯瞰のカメラ。画面の左下に灯の点いた家が見える。ドア口の光の中で女性がなにごとか見えない相手に話している。女性がドアを閉める。カメラはそのまま屋根の高さで、パリの夜の街を水平に移動していく。夜の闇の中のパリの街。寝巻き姿の男が二人屋根に飛びだしてくる。その二人に導かれるようにカメラは移動する。浮かれた騒めきと音楽が聞えてくる。四角い天井窓が開けられそこから光が溢れている。屋根の上の二人の男は天井窓から下を覗く。浮かれ踊る人々。なにがあったんだと屋根の上の男が下に向かって英語で問い掛ける。知らないのかい?とフランス語で応えが返ってくる。知らないのなら今朝からの出来事を語って聞かせてあげるよ。時間が巻き戻され、話が始まる。それがこの映画、『ル・ミリオン』だ。

 チラシではヴォードヴィル喜劇について触れられているが、僕はむしろキーストン・コップスのことを思った。サイレント期のアメリカで磨きに磨かれた追っかけ映画の伝統が、『ル・ミリオン』に流れ込み、見事に輝いている。

 貧乏な青年絵描きと借金取りの追っかけとこよなく音楽を愛する泥棒の首領と警察の追っかけが重なり、ハーモニーを聞かせるところがこの映画の一つの山になっている。追っかけは映画に生き生きとしたリズムを与え、遂には追っかけ自体が追っかけの目的になってしまう。純粋な追っかけ。それを象徴するように、追われる方が入れ替わっても、追っかけは続く。

 あと秀逸なのは、当たりの宝くじがポケットに入ったジャケットの奪い合いのシーンだ。
 効果音として競技場の観衆の声が入ると同時に、ジャケットはラグビー・ボールとなる。敵のアタックをすり交わしてゴールを目指す男。遂に捕まり、敵が次々と男の上に重なって来る。ホイッスルが鳴り、ボールに見做されたジャケットがスクラムの中から飛びだす。ジャケットを抱えて走る男・・・。
 これは是非皆さん自身の目で味わって欲しい、とても楽しいシーンだ。

 『ル・ミリオン』は音楽劇という側面も持っている。その側面が映画の舞台をオペラ劇場へと導いていく。
 本番の舞台へと迷い込んだ、絵描きの青年とバレリーナの若い女性が恋の歌を交わすソプラノとテノールをバックにして、仲直りをするシーンは機智に富んでいて、同時にとてもロマンチックだ。一言で言えばとても粋なシーンだ。

 リズミックで弾むようなシーンに、ロマンティックなシーンを織り交ぜながら、『ル・ミリオン』は軽快に進んでいく。

 『ル・ミリオン』はとても気持のいいコメディ映画だった。

1999/03/17