2016/02/28


  • 1988年松竹映画 9/12NFC
  • 監督/脚本:木下恵介
  • 撮影:岡崎宏三 美術:芳野伊孝
  • 出演:坂東英二/太地喜和子/野々村眞


 このコメディーにあるものはなんだろうか?

 紆余曲折はあるものの、父親は一人息子の方をしっかりと見続け、妻は夫を見続け、老いた母はもう中年になった息子を見続ける。決して壊れることのない家族の絆。その絆の強さが、もはや幻想に過ぎないことを充分に知りながらも、観る者たちの心を暖める。

 僕はこの映画にある夫婦の愛の在り方に惹かれた。妻は離婚!離婚!と叫びながらも、どうしようもない夫に愛情を感じている。その愛情はかなり深いものだろう。決して壊れることのない愛。それもまた幻想だ。

 この映画が撮られたのは1988年だが、その頃家族は既に崩壊していた。いや古い家族制度と言った方がいいかもしれない。古い家族制度が崩壊し、いまだ新しい家族の姿が見えなかった時代。いまもそれは見えていないのだが、そんな時代背景の中にこの映画を置いてみると、興味深い。

 逃避という言葉をこの映画に与えることはできない。木下恵介はここにある家族の絆が幻想であることを充分に知っていた。その意味でラストが「父」の幻影で終わるのは重要な意味を持つ。「父」を探す妻と息子。その二人こそは僕たち自身ではないだろうか?

 僕たちにいま家族は必要なのだろうか?僕たちに必要なのはもはや家族という言葉を与えることができないものなのかもしれない。それを発見するためにも、たぶん僕たちは「幻影の父」を捜し求めなければならないのだろう。

2000/09/12