2016/02/24

風が吹くまま


  • 1999年イラン映画 2/14ユーロスペース
  • 監督/脚本:アッバス・キアロスタミ
  • 出演:ベーザード・ドーラニー


 題名のとおりとても爽やかな映画だ。その爽やかさはこの世界に向けられたアッバス・キアロスタミの視線の慈しむような優しさから生まれている。

 キアロスタミ監督はこの映画ではドキュメンタリー手法(そう彼の方法論を呼んでしまってはあまりにも安易だし、間違ってもいるのだが)から離れ、物語ることを選んでいる。その物語のテーマになるものは幼稚なものだと言ってもいい。ドキュメンタリーのために、人の死を待つのは道徳的に正しいことなのか、それとも間違っていることなのか?

 そのテーマに答えるものとしてキアロスタミは少年の視線を置いている。確かにテーマは幼稚なものだが、幼稚なだけ基本的で切実なものだ。そのテーマは表現者の在り方の根本に関わってくる。少年の視線は主人公である表現者をこの世界の持つ美しさへと導く。キアロスタミは道徳的なテーマをこの世界の中に置いて問い直しているのだ。そしてこの世界はとても美しい。

 美が道徳的な問を吸収してこの世界に溶かし込むと書いたら、あまりにもロマンチィック過ぎるだろうか?表現者は少年の視線を潜り抜けることによって、世界と対峙するのだ。その対峙を通して表現者は表現の意味を知る。たぶんそれは言葉にはできないことだ。表現者を表現者たらしめているのは、論理(言葉)ではなく、論理(言葉)の外に在るものなのだから。

 表現者は道徳的理由故に表現を放棄するのではない。まったく逆だ。表現者は真に表現すべきものを知り、それ故に偽りの表現を捨て去るのだ。そして映画が終わるとき、僕たちはこの映画全体が主人公である表現者が表現すべきものであったことに気付く。

2000/02/14