- 1936年フランス映画
- 監督:ジャン・ルノワール 脚本:エウゲニー・ザミャーチン
- 撮影:ジャン・バシュレ
- 主演:ジャン・ギャバン/ルイ・ジューヴェ
冒頭の主観移動ショットはたぶん「ランジュ氏の犯罪」でも素晴らしい移動ショットを観せてくれたジャン・バシュレのものでしょう。
男爵の周りを回りながら話す人物からの主観ショットなのですが、主観ショットの中で鏡にその人物が映ったときには魔法を見ているようで驚きました。どうやったのかな?
移動ショットというよりはズーム・ショットなのでしょうが、男爵と泥棒が意気投合して賭博をするためにテーブルに就くところでも移動ショットが効果的に使われていました。二人が賭博を始めたところでカメラは画面の奥に進んで夜の闇に暗いガラス窓をクロース・アップします。クロース・アップされた窓が朝の光に明らむとカメラは手前のテーブルまで引きます。泥棒は男爵のコートを着ています。観客に男爵が負けたことが明らかになり、観客は笑いを誘われます。
ゴーリキーの戯曲「どん底」が原作ということで暗く生真面目な映画を予想していたのですが、ユーモアとなんとも言えない暖かさがあって、観終わった後幸福な気持ちになりました。ますますルノワールが好きになりました。
破産寸前の男爵が執事に「お前も月々きちんと給金を払ってくれる主人がいいだろう」と言うと、執事が「そんな主人はありふれています」と切り返すところは機智があって好きです。
なんとも言えない暖かさを生みだしているのはジャン・ギャバンという俳優の存在も大きいでしょう。
牢屋から釈放されたジャン・ギャバンが陽光の輝く路上で母親に抱かれた赤ん坊をかまうシーンには心に染み入るような幸福感がありました。
対比がこの映画の重要な方法になっています。男爵と泥棒。上流階級と下層民。純情と退廃。陽光と夜の闇。留まる者と出ていく者。絶望と希望。
そして映画は暗闇へとは進まず、光へと進みます。
希望に満ちて新しい世界を目指し道を歩く恋人たちの映像で映画は終わるのでした。
1997/01/8