2016/02/29

ミリオンダラー・ホテル


  • 2000年ドイツ映画 5/8シャンテ・シネ
  • 監督:ヴィム・ヴェンダース
  • 音楽:ボノ
  • 出演:ジェレミー・デイヴィス/M・ジョヴォヴィッチ


 語り手が事件の中核にいて、その事件を担当する私立探偵なり、捜査官に関わって行くという枠組みはけっして目新しいものではない。目新しいものではないが、ミステリーは現実の中に埋もれてしまっている真実を明らかにするにはいまだに有効なのだ、と断定的に書いてしまってから、果たしてヴィム・ヴェンダース監督は有効であると信じているのだろうかと疑問を持ってしまった。かつて確かにミステリーが現実発見の有効な手段だったことがあるが、いま現在の現実に立ち向かう時、ミステリーの有効性は信じ難い。おそらくヴェンダース監督も同意見だろう。ではなぜ彼は敢てミステリーを選んだのだろうか?

 そう考えて行く時、語り手の位置が浮かび上がって来る。語り手は過去形で語る。事件はもはや彼の外にある。事件の中核にいながら、もはやそこからは遠いところにいる。彼はなぜ語るのだろうか?彼が語りたいのは「事件」ではない。彼が語りたいのは、彼にとって切実な一つの真実なのだ。ミステリーは背後に退いて行く。ミステリーは彼の語りに枠組みを与えるに過ぎない。ヴェンダース監督は語り手に話の枠組みを与えるためにミステリーを選んだのだ。

 僕たちは語り手の語りが進んで行く中で、ミリオンダラー・ホテルという見窄らしい、敗残者たちの巣窟であるホテル、ある意味では現代を象徴しているようなホテルで一つの真実が少しづつ輝き出すのを目の当たりにする。その輝きこそがこの映画の核心なのだ。

 語り手は一つの興味深い事件を僕たちに語るのではない。まさに語り手は一つの心を僕たちに届けてくれるのだ。そしてその心は僕たちに届く。

2001/05/08