2016/02/16

間諜最後の日


  • 1936年イギリス映画
  • 監督:アルフレッド・ヒッチコック
  • 撮影:Bernard Knowles
  • 主演:マデリーン・キャロル/ジョン・ギールグッド/パーシー・マーモント


 ヒッチコック英国時代の映画です。原作は20世紀屈指のストーリー・テラー、サマセット・モーム。

 映画は葬儀の場面から始まります。
 軍人の葬式。ベッドの上で死ねる軍人は幸せだ。そんな会話を交わす謹厳な片腕の男。葬儀客が帰り部屋には片腕の男と棺桶だけが残る。謹厳さをかなぐり捨てて急にふてぶてしくなる片腕の男。男は棺桶を引きずり降ろす。空っぽの棺桶。葬儀された男の肖像画のショットになる。シルエットになって部屋に入ってくる軍人。ランプが灯される。軍人は肖像画の男だ。
 この辺の映画話法の巧みさは誰もかなう人はいないのではないでしょうか。観客は一気に物語に引き込まれます。物語は国家対個人といった重いテーマをはらみながらテンションの高さを保ちながら進みます。
 キー・パースンとなるのはマデリーン・キャロル演じるスパイです。スリルが味わいたいがためにスパイになったというこの人物が民間人の視点を持ち込みスパイ戦の中から国家と個人という問題を浮き彫りにするのでした。クライマックスは妻を心から愛する初老の紳士が誤認から殺されるシーンでしょう。紳士が殺される瞬間、ホテルに残された老婦人はと胸をつかれて椅子から立ち上がり、愛犬は遠吠えをするのでした。ホテルで老婦人を監視する任務に就いていた女スパイは国家の持ついやらしさを如実に目にするのです。けっきょく老紳士の所持品として出てきたのは愛する妻の写真と妻と長年住んだ美しい村の写真だけでした。

 救いのない物語り。軽薄さを装っていた男も最後に暗い情念を迸らせる。最後の場面でのキスシーンはあまりにも重い気がしました。この映画がハッピーエンドで終わるのは老夫婦に対するヒッチコックのせめてのもの思いやりなのだと思いました。

1996/06/03