2016/02/15

小津安二郎のフィルモグラフィー

ウィキペディアにとてもよくできたフィルモグラフィーがありますが、表一覧に簡単なその作品の紹介があれば、小津に関心を持った人が観る作品を選ぶのに便利だろうと思い、作成しました。
さて小津は生涯で54本の映画を撮りましたが、その内現存し私たちが観ることができるのは、37本です(2016年2月現在)。その37本のフィルモグラフィーです
作成にあたり、『小津安二郎生誕90年フェア公式プログラム』を参考にしました。


Filmographie

No.題名紹介
8 1929 学生ロマンス 若き日 小津初めての長編。短篇喜劇で培ってきた小津のコメディ・センスが発揮される。8作目だが、これが今観ることのできる最も古い作品。
9 1929 和製喧嘩友達 リチャード・ウォレスの喜劇映画『喧嘩友達』が下敷。1997年にフィルムの存在が確認された。
10 1929 大学は出たけれど 初めてAクラスのスターが出演。背景には大学新卒者就職率4割という暗い時代があり、後年の陰りを帯びた作品への契機ともなる。
12 1929 突貫小僧 突貫小僧を演じる青木富夫は元来の腕白で、それを活かす小津の手腕が見所。1988年にフィルムの存在が確認された。
14 1930 朗らかに歩め モダン青年小津の面目躍如。ありふれたストーリーをモダン(洋風)に仕上げてみせる。
15 1930 落第はしたけれど わずか1週間での撮影ながら、完成度は高い。洗練されたコメディ監督、小津を観ることができる。
16 1930

その夜の妻 フランス古典劇の三一致の法則、1日のうちに、1つの場所で、1つの行為だけを完結させるという指針に合致する作品。心理が精緻に描き出される。
20 1931 淑女と髯 美男俳優、岡田時彦の達者な演技が見所。小津は前年末の『お嬢さん』で興行面でも批評面でも成功し、油に乗っている。
22 1931 東京の合唱 会社員もの。主人公は郊外に家庭を持ち、電車で会社に通勤する。決して明るくはない話の中で、主人公が幼い息子を背負って花火を見上げるシーンは美しい。
24 1932 大人の見る絵本 生まれてはみたけれど ユーモアとペーソスの「(松竹)蒲田調」から踏み出そうとしてる小津が伺える。
26 1932 青春の夢いまいづこ 安上がりで作り、余った費用を他の映画に回すために撮られた映画。逆に小津映画を構成する要素が浮かび上がっている。
28 1933 東京の女 小津自身が画面のポジションがこの頃から決まってきたと言っているように、サイレント期の、そして以降の小津の技法を知るのに(おそらく)最も適した作品。
29 1933 非常線の女 小津モダニズム(アメリカ趣味)映画。『東京の女』と並んで、小津のサイレント技法の到達点。
30 1933 出来ごころ 下町を舞台とする人情噺。これまでとは180度方向性が違うが、私は好きな作品。主人公である喜八の仕事仲間、次郎の誠実さが気持ちいい。
31 1934 母を恋はずや 小津は家の没落をテーマにしたが、冗漫になってしまったと語っている。全9巻のうち、第1巻と最終巻が未発見。
32 1934 浮草物語 「喜八もの」。完成度が高く、小津自身も気に入っていたようだ。
34 1935 東京の宿 「喜八もの」でサウンド版(音楽、音響のみ録音)。「喜八もの」=「人情噺」の最終作。
35 1936 鏡獅子 歌舞伎の舞踏『鏡獅子』の記録映画。日本の優れた文化を海外に紹介するために国際文化振興会が企画。図らずも小津が最初に手がけたトーキー映画。
36 1936 一人息子 小津初のトーキー劇映画。親が期待していた成功を果たせなかった子供に失望するという「旋律」は、以降の『麦秋』『東京物語』でも奏でられる。
37 1937 淑女は何を忘れたか 発狂する老サラリーマンの話を断念した小津が撮った「明るく軽快な」作品。エルンスト・ルビッチ・スタイルの喜劇。
38 1941 戸田家の兄妹 前作と間が空いているが、それは小津が日中戦争に出征していたため。戦時体制へと向かっていた国の検閲をクリアするため「母もの」の体裁を取っている。「山の手もの」で風俗描写が見事。興行的にも大成功した。
39 1942 父ありき 小津出征前の37年に既に脚本は完成していたが、4年後全面的に改訂された。「無力な父」は古武士の如き父へと変わった。私は、父親との暮らしを望む息子を厳しく拒む父親に、『晩春』の父親を重ねた。
40 1947 長屋紳士録 小津の戦後第一作。下町を舞台にしている。「喜八もの」の変奏曲と言えるかもしれない。私は、飯田蝶子の秀逸な演技に惹かれた。
41 1948 風の中の牝雞 「失敗作」と評される。この作品の陰鬱さは、後年の「東京暮色」(これも失敗作とされる)にも通じる。小津映画の中では特殊な作品。
42 1949 晩春 小津の代表的な作品の一つ。劇中の能の演目は『杜若』。叶わぬ恋がテーマ。私は、ホームドラマという形を取りながらも、娘の父に対する恋心という禁断の愛の旋律が通音として流れるのを感じ、そこに惹かれる。
43 1950 宗方姉妹 題名は「むねかた・きょうだい」と読む。小津にとって、唯一の新聞連載小説の映画化。東宝のスターたちが創立した新東宝に招かれての作品。製作費が当時の日本映画で最高額になった。
44 1951 麦秋 『晩春』の姉妹編のように見えて、テーマははっきりと異なる。小津は「輪廻」「無常」のようなものを描きたかったと述べている。「でも本当に幸せでしたわ」「う〜ん」。老夫婦は外に目を遣る。そこにあるのは諦めと言うよりは、もっと大きなもの、もっと深いものだと、私は感じる。
45 1952 お茶漬の味 「山の手もの」。地方出身の夫と山の手育ちの妻の価値観のすれ違いをユーモアを交えて描くのだが、妻を演じる木暮実千代が実に生き生きとしていて、それが魅力、私はそう感じた。
46 1953 東京物語 誰もが認める小津の代表作。私は『麦秋』のテーマをより深く突き詰めた作品のように感じる。ラスト。「お寂しいこってすなあ」「いやあ・・・」。そのまま『麦秋』のラストに重なり、物語全体を静かで大きなものに溶かしこむ。
47 1956 早春 前作と間が空いているのは、その間小津が映画業界の問題収拾に奔走していたため。ありふれた家庭劇だが、小津は若さを描いてみたかったのだろう。その中で岸恵子が輝いている。
48 1957 東京暮色 『風の中の牝雞』と並んで、陰鬱な作品。この陰鬱さは沈潜し『秋刀魚の味』へと流れこんでいく、そう私は感じる。
49 1958 彼岸花 小津初めてのカラー作品。小津ではよく赤いやかんが話題に上るが、カラー作品は6作品しかないことを考えると面白い。当時大映のトップスターだった山本富士子がまさに軽妙洒脱。
50 1959 お早ようオナラの映画。小津ファンのアメリカの監督が初めてこの作品を観た時、ああ、自分が生まれ育った町の暮らしがそのまま描かれていると驚き、引き込まれたと語っていた。
51 1959 浮草 撮影は溝口健二と組んでいた宮川一夫。色彩設計が見事。夏の弾むような明るさの中で、若尾文子が輝いている。
52 1960 秋日和 東宝から原節子、若手のホープ司葉子を借りての作品。『晩春』の変奏曲。スタイリッシュで端正。
53 1961 小早川家の秋 東宝での作品。小津は松竹以外で『宗方姉妹』『浮草』この作品と3本撮っているが、いずれも松竹作品ほどには評価されていない。『東京暮色』の陰鬱さが、遠く響いている。
54 1962 秋刀魚の味 小津の遺作。『晩春』が詩的ならば、この作品は現実的というか「うす汚れている」、そう私は感じる。そこには『晩春』の詩的空間はもはやなく、夢から覚めた現実がある。夢から覚めさせたのは、おそらく『東京暮色』の陰鬱さだろう。
※紹介は、『小津安二郎生誕90年フェア公式プログラム』に掲載されている田中眞澄さんの作品解説を基にしていますが、私の解釈も入っています。