2016/02/28

静かなる決闘


  • 1949年大映映画 6/20NFC
  • 監督:黒澤明 脚本:谷口千吉
  • 撮影:相坂操一 音楽:伊福部昭
  • 出演:三船敏郎/三條美紀/志村喬


 ここにあるものは、純愛としか名付けようのないものだ。

 心から愛し合う二人の間に、梅毒という障害が立ち塞がる。梅毒という言葉は現代ではいささか滑稽だが、梅毒をエイズという言葉に置き換えれば、この映画の設定はすんなりと受け入れることができる。梅毒は二人が肉体的に愛し合うことを決定的に妨げる。

 それならばここにあるのは肉体性を奪われた愛であり、精神的なものだけになってしまった愛なのだ。それでも愛は存続できるか?そのような哲学的な問が背後にしっかりと在って、この映画を支えている。それ故に、この映画はメロドラマなのだが、それを超えてもいるのだ。

 終盤、二人の間に一瞬だが激しい炎が燃え上がる。その炎の元は明らかに性欲だ。一旦はその性欲を青年医師は押さえつけるが、性欲が梅毒という障壁故に満たされないことに深く絶望する。愛とは、ここで改めて言うまでも無く、肉体性と精神性が渾然一体になったものなのだが、青年医師は愛から肉体性を切り捨てなければならない。青年医師は涙を流す。

 この映画はその先に行く。愛は肉体性を奪われれば、水を失った植物のように枯れてしまう。でもその先には静かで清明なものがある。その静かで清明なものを愛と名付けるならば、たぶん間違っているのだろうが、僕は愛と名付けたい。そこにあるのはもう一歩先へ行った愛なのだ。そう感じ僕は心を動かされた。

2000/06/20