2016/02/28

どん底


  • 1957年東宝映画 6/9NFC
  • 監督:黒澤明 脚本:小国英雄
  • 撮影:山崎市雄 美術:村木與四郎
  • 出演:三船敏郎/山田五十鈴/香川京子


 とことん暗い映画なのだが、監督の眼差しはしっかりと光の方を向いている、そんなふうに僕は感じた。どうしてそう感じるのか考えたとき、黒澤監督が一人一人の俳優をけっして物語を構成する道具として扱わずに大切にし、一人一人の俳優の表現=生を引き出しているからなのだ、そう理解できた。

 一人一人の俳優は世間的にはゴミ同然の登場人物たちを演じるに当たって、彼らをけっして見下したりはしていない。しっかりと自分自身の生に引き付けて、演技の中で自分自身の生を問い直している。だから彼らの演技は感動的でもあり、真の明るさも持ち得るのだ。そして俳優たちがそのような演技ができるのは黒澤監督が俳優こそが映画の要なのだということを充分に知り、俳優たちに敬意を払い、その演技を最高度のものにしようとしているからなのだ。

 映画というよりも芸術という言葉をここでは使った方がいいかもしれない。芸術が対象とする人間はしばしば人殺しであったり、生活破綻者だったりする。そうであるのに、芸術は僕たちを生へと励ましてくれる。それは芸術が高所に立たずそのような人間たちと真正面から向かい合うからなのだ。その向かい合いの中で生が真剣に問われる。その真摯な問いかけこそが見かけでない、真の明るさをもたらす。

 ゴミ同然の人間たちが次第に親しい人間たちに変わっていき、遂には自分自身となる。それこそが映画=芸術なのだ。僕たちは自分自身と向かい合い、生と真正面から向かい合う。そこでこそ希望は生まれる。

2000/06/09