2016/02/13

坊やに下剤を


  • 1931年フランス映画
  • 監督/脚本:ジャン・ルノワール
  • 撮影:テオドール・スパンクル
  • 主演:ジャック・ルヴィニー/マルグリット・ピエリー/ミシェル・シモン


 ルノワールのトーキー第一作。チラシに音の実験が随所に見られると紹介されていて楽しみにしていた映画です。いまのところまだ上手く言葉に表現できないのですが、こうしてルノワール映画を見続けてきて僕が一番感銘したのはルノワールの音に対するセンスなのです。

 でも実際に観て印象的だったのは映画空間の独特性でした。この映画の前後の映画を並べてみましょう。「騎馬試合」1928「荒れ地」1929「十字路の夜」1932「素晴しき放浪者」1932。こうやって並べて比較してみると「坊やに下剤を」の映画空間の独特性が明らかになるでしょう。一言で言えば「坊やに下剤を」の映画空間は演劇的空間です。クロース・アップやミディアム・ショット、そして移動ショットもありますが、基本的には固定のフル・ショットです。当然出演している俳優たちも顔の表情や目の動きで演技するということはほとんどありません。俳優たちは誇張された身振りで演技します。

 笑劇で場内は笑いに包まれていましたが、僕はこの映画を観ながら、生涯演劇的空間に拘りついには映画の進歩から取り残され破産してしまったジョルジュ・メリエスの映画を思い浮かべました。まるでこの映画全体がジョルジュ・メリエスへのオマージュになっているようでしんみりしてしまいました。

 この映画の魅力となっているのはセリフのやりとりです。特に書斎での実業家とその妻との「シビン対バケツ」論争は最高でした。妻の止めのセリフがいかしていました。ルノワールはチャップリンを敬愛していたそうですが、この映画の生き生きとしたセリフのやりとりを聴いていると、ルノワールはむしろシェイクスピアに負うところが大きいのではないかと感じました。

 そうそうこの映画にもミシェル・シモンが出演しています。役人役なのですが、立っているだけでもユーモアを感じさせてなるほどなあと思ったことでした。

 たぶんマルグリット・ピエリーの素敵なコメディエンヌぶりをなにも考えずに楽しむのが一番正しいこの映画の観方なのでしょう。

1997/01/18