2016/02/26

モンソーのパン屋の女の子


  • 1962年フランス映画
  • 監督/脚本:エリック・ロメール
  • 撮影:ジャン=ミシェル・ムリス
  • 主演:バルベ・シュレデール/ミシェール・ジランドン/クロディーヌ・スブリエ


 エリック・ロメールが映画にもたらしたものは、一言で言えば文学的楽しさでしょう。

 この映画には事件らしい事件はなにもありません。でも観ていてとても楽しい。その楽しさがどこから来るかと言えば、それは主人公の内面の動きからです。この映画は連作「六つの教訓話」の一話ですが、この連作を撮るに当たってロメールは文学固有の対象であった感情・意志・理念を映画では新たな形で表現できると考えていたそうです。

 内面の微妙な動きを映画で表現するのにどんな手法を取ればいいのでしょうか?ロメールがこの映画で選択したのは、主人公にオフ(画面の外)で自分のことを語らせるという手法でした。ロメールの映画批評集「美的感覚」からそのまま引用すれば、これは「果たして映画の否定なのでしょうか」?

 この映画を観れば分かるように、語りはけっして「映画」の説明として働いているのではありません。「映画」と補足しあい、時には対立しながら映画を豊かなものにしています。語りが街を歩くというありふれた日常生活を捉えた「映画」にドラマをもたらし観るものを引き込むのです。

 この映画を観ているとロメールが好んで恋愛をテーマにする理由が分かります。恋は日常生活の中にありながらドラマをもたらすものだからです。文学的楽しみを映画に持ち込もうとした時、ロメールは外面的な事件によるドラマは捨てたのでしょう。後に残るのは平坦な日常生活です。その日常生活にドラマを与えるのは恋です。

 行動ではなく、内面を描いて魅せる映画、それがロメールの映画なのでしょう。
 そんな映画をロメールが贈ってくれたことに僕たちは感謝すべきなのでしょう。

1996/09/03