2016/02/13

ショタール商会


  • 1932年フランス映画
  • 監督/脚本:ジャン・ルノワール
  • 撮影:ジョゼフ=ルイ・ムンドウィラー
  • 主演:フェルナン・シャルパン/ジャンヌ・ロリー


 この映画が製作された前年に撮られた「坊やに下剤を」においては映画史家のジョルジュ・サドゥールの言葉を借りるならば、カメラは「(劇場の)一階最上等席の紳士」でしたが、この映画ではその紳士は空飛ぶ絨毯に乗って舞い上がっています。このあたりの変幻自在さもルノワールの魅力の一つでしょう。

 タイトル・ロールからカメラ・ワークが冴えます。というかタイトル・ロールがカメラ・ワークの最大の見せ場になっています。
 ショタール商会の従業員の担ぐ荷箱のクロース・アップから始まります。荷箱に書かれた「ショタール商会」の文字がそのままタイトルになっています。カメラが引くとそのタイトル文字が荷箱の上に書かれた文字であることが明らかになるのです。荷箱が積まれた車を見送ると、カメラは次から次に従業員に指示を出すショタールを追います。カメラはショタールを追って店内に入ります。店内でのカメラの動きは優れたダンサーの動きを見ているようで魅了されます。最後にショタールは食卓につき新聞を広げます。カメラはそのショタールを画面の奥に捉え初めて立ち止まります。
 ここまでがワン・ショットです。僕は椅子の中で凍り付きました。

 主題は詩と生活でしょうか。
 実業家で詩はなんの役にも立たないと断じていたショタールは婿がゴンクール賞(マルセル・プルースト、フランソワーズ・サガン等が受賞した権威ある文学賞)を受賞したのをきっかけにして、がぜん文学に目覚めます。ついには自分の事業をなんの価値もないものとして等閑にしてしまいます。
 そんなショタールを婿は諭します。

 「バランスこそ、美しい。ひとつひとつ積み上げられたレンガも美しい詩なのだ。お義父さんの事業も詩なのです」

 この婿の後半の言葉には遠くマルクスの思想の影響が窺われます。
 それよりも僕は「バランスこそ、美しい」という言葉に魅せられました。その言葉にはけっして映画が人生の全てにならずありとあらゆることを愛して生きたルノワールの生き方を要約するものがあるように思われたからです。

 あと同じ年に撮られた「素晴らしき放浪者」と同様に画面の奥行きを使った構図が印象的にかつ多く使われていたことを書き記して置きます。

1997/01/22