2016/03/06

幸福


  • 1965年フランス映画 4/20シネセゾン渋谷
  • 監督/脚本:アニエス・ヴァルダ
  • 撮影:ジャン=ラビエ 音楽:モーツァルト
  • 出演:ジャン=クロード・ドゥリェオ/クレール・ドゥリェオ/マリ=フランス・ボワイエ


 夏の澄んだ光が満ちあふれている森の中。森は鮮やかな様々な色で覆われている。それらの鮮やかな色が心を浮き浮きと弾ませる。若い母親が子供たちにお父さんが起きてしまうから静かになさいと優しく諌めている。夫は妻の傍らで安心しきって気持ち良さそうに眠っている。若者たちを乗せた車が通りかかる。若者たちは歓声を上げる。その歓声に夫は目を覚ます。起きてしまったのと妻は夫に心配そうに問いかける。ぐっすり眠ったよ。夫はやさしく妻を抱く。

 アニエス・ヴァルダはこのシーンを撮るに当たってシャロウ・フォーカスを選んでいる。
 カメラの焦点がこの幸福の只中にいる若夫婦に合うとき、背後の夏の光に包まれた森は輪郭を失い光の宝石になる。それはこの映画で最も美しい瞬間だ。その美しさはあえて言うならば、幸福の精髄だ。

 ラスト・シーン。
 森の中を走る車。季節は秋になっている。森は光ではなく澄んだ空気に包まれている。車が止まる。車のドアが開かれる。若夫婦と子供たち。夫の吐く息は白い。森は冬の予感を持っている。手を繋いで紅葉の森の中に入っていく家族。それは冒頭のシーンと共鳴しながら観る者に幸福そのものを感じさせる。
 しかし観客はかなり複雑な心境に投げ入れられている。ある観客にとってはこのシーンは残酷なシーンだろう。

 季節が夏から秋に移り変わる間に家族を構成する中核となる人間が変わっているのだ。
 それにも拘らず家族の生活は幸福に続く。まるである一人の人間がこの世にまったく存在しなかったように。その人間は家族の幸福を生甲斐として生きた人間なのだ。これほど残酷なことがあるだろうか?

 でも僕はこの映画から励ましのようなものを感じた。限りある命の持ち主である人間に対する励ましだ。肉体は滅んでも思いは受け継がれていく。冬の到来を感じさせることによって死のイメージを孕んでいる森の中に入っていく家族の後ろ姿から、僕は生きる強さを感じた。思いは永遠に生きる。

1997/04/20