2016/03/17

食卓のない家


  • 1985年日本映画 5/19NFC
  • 監督/脚本:小林正樹 原作:円地文子
  • 撮影:岡崎宏三 音楽:武満徹
  • 出演:仲代達也/岩下志麻/真野あずさ


 日本中を騒がせた政治的事件が物語の中心にあるはずなのに、前面に出てきているのは恋愛であり、親子の情なのだ。
 原作は円地文子だが、その点においてこの映画はどこか平安時代の女流文学を思わせる。

 この映画で問われているのは国家ではなく、家だ。

 夫婦の愛、親子の愛。それらが社会的広がりの中に置かれ追求される。
 むしろこう言った方がいいかもしれない。
 小林正樹は家というものに迫るために、一つの家庭を極限状況に投げ入れた。

 いやそうではない。
 たぶん小林正樹は一人の英雄をこの戦後ヒューマニズム主義の国において描こうとしたのだ。

 この映画で描かれる家の主である主人公は、息子の罪をそれはあくまでも一人の独立した個人である息子の責任に属するものであるとして、世間に対して詫びることを拒否する。
 そこにおいて否定されているのは戦後ヒューマニズム主義だ。主人公は戦後社会そのものと戦っている。
 それにしてもこの戦いの代償は大きい。

 しかしそのような思想的な戦いはけっしてこの映画の前面には出てこない。
 思想の代わりに僕たちの心に残るのは一人の英雄なのだ。

 小林正樹がここで問うているのは、万事が相対的なものに堕してしまった戦後日本において、絶対的なものが可能かどうかということだろう。
 なぜならば英雄とはその生を絶対的な高みまで達せさせることに成功した人間のことを言うからだ。

 その戦いにおいて妻を失い、息子を失った主人公は最後に新しい家族に出会う。
 それはその生を全身全霊で生きた主人公への祝福のように僕は感じた。

2000/05/19